2020年8月9日
2010年11月に発売された三洋電機のICレコーダー「ICR-PS401RM」は、高度な頭出し機能や、音切れが短い数秒戻す機能を搭載し、テープ起こしや採譜では、他の追従を許さない使い勝手を誇っていた。9年くらいかけて使いつぶし、ようやく寿命を迎えた名機であった。
長時間の会話や、ドラマや音楽を、少しずつ再生しながら、テキストや楽譜に起こす作業をすることがある。たいてい、パソコンに顔を向けながら、ICレコーダーを手探りで操作し、再生を止めたり再開したり、少し戻して再び再生したりを繰り返す。
操作を間違えて、うっかり別のトラックに移動してしまったときに、直前まで聞いていた場所まで戻したくなることも、よくある。
聞きたい位置までサーチするには、早送りボタンか巻き戻しボタンを押し続けなければならない機種が多いが、ICR-PS401RMでは、「11分23秒」のような数値を直接入力して、頭出しができる「時間指定サーチ」機能を搭載していた。
当時このような機能を搭載していたICレコーダーはひじょうに少なく、長時間録音したファイルを、好きなところから再生したいときには、欠かせない機種だった。
現在では、Panasonic製の一部の機種が、時間指定サーチ機能を搭載している。スマホアプリでよければ、「VLC for Android」にも同様の機能があるようだ。
たいていのICレコーダーには、再生中にボタンを1回操作するだけで、何秒か戻して再生を続ける機能を搭載している。ICR-PS401RMにも、「センテンス再生機能」という名称で搭載されている。操作1回あたり何秒戻すかも、設定できるようになっている。
数秒戻す機能で重要なのは、戻す際に音が途切れる時間を最小限にすることだ。ブランクが長くなると、聞いている人間の集中力が途切れてしまうし、時間も無駄になる。
ICR-PS401RMは、数秒戻す際に音が途切れる時間がたいへん短いので、何度も少しずつ戻しながら再生して、楽譜に音符を埋めていくような作業(採譜という)を行うときに、重宝した。ブランクが一瞬短いだけでも、ストレスは大きく減るのである。
microSDカードに保存されたmp3ファイルを用いて、同時期に販売されていたオリンパス製のICレコーダー「Voice-Trek V-75」と、再生中に3秒戻すときに音が途切れる時間を比べてみた。
結果は以下の通りだ。「ピー」という連続音(440Hzの正弦波)を再生中に、3秒間戻す機能を1回使い、その再生音をPCで録音したのだが、ICR-PS401RMは明らかに、V-75よりも音が途切れる時間が短い。
機種 | ブランク時間 | 再生音をPCで録音したもの |
---|---|---|
ICR-PS401RM | 約53ミリ秒 | 200809a8.mp3 |
V-75 | 約264ミリ秒 | 200809a9.mp3 |
ちなみに、オリンパスのV-75は、ICR-PS401RMと比べ、イヤホン再生時の電池の持続時間が2倍近く長い特徴がある。メモリのアクセスが遅いのは、省電力にこだわった結果の可能性もあるので、両機種の価値は甲乙付けがたい。
採譜やテープ起こしをするときは、頻繁に「数秒戻す」操作を繰り返す。
ICR-PS401RMは、再生ボタンが数秒戻す機能を持っているので、再生ボタンをプチプチと押しまくるわけだが、指がずれて別のボタンを押してしまうと、意図せずトラックの先頭や、後のトラックに移動したりして、大きくイライラすることになる。
ICR-PS401RMは、再生ボタンが操作部のほぼ中央にあり、他のボタンから少し離れた場所に配置されているので、押しやすいし、他のボタンを間違って押してしまう可能性も低かった。
過酷な使い方をしたせいか、ボタンの表面処理がはげかけているが、それでもこの部分は故障せずに、現在も機能し続けている。
どのように使い込まれるかを、よく理解した上での設計であり、なかなかよくできている。
ちなみに、ICレコーダーを右手で握ると、親指が左側に寄るためか、各種ボタンを左側に寄せている機種も存在するようだ。好みが分かれそうな部分である。
ICR-PS401RMは、単4形電池を1本使う機種だ。乾電池かニッケル水素電池が使用できる。
最近では、ユーザが自分で交換できないタイプのリチウムイオン電池を搭載する機種も発売されているが、交換できない電池の場合、電池の劣化がそのまま機器の寿命となってしまうため、数年程度で使えなくなることが多い。また、電池切れになったとき、充電済みの電池に交換できないため、使い勝手が悪い。
その点、交換可能な汎用の電池を使う機種は、大切に使えば長持ちさせられるメリットがある。自分が持っている個体も、最初はeneloopで使っていたが、電池の劣化が進んだため、富士通充電池に乗り換えて使い続けていた。単4形電池はコンパクトなので、いくつか持ち歩けば外出先で電池切れになっても、交換は容易だ。
私のICR-PS401RMは、9年くらい使い込んだ末に、壊れてしまった。マイクが故障して異音が録音されるようになり、ついにはUSBの回路が死んでパソコンに認識されなくなった。
購入価格は9,000円はしなかったので、1年あたり1,000円程度の負担だったわけで、期間当たりの満足度はとても高かったと思う。
録音とPC接続の機能は故障したが、ファイルの再生機能は無事だった。また、マイクとラインで内蔵メモリに録音したファイルは、ファイルコピー機能でmicroSDカードへ写し、なんとか自分のコンテンツを救い出すことができた。microSDカードによるMP3プレーヤーとしては、まだ使えそうである。
振り返ってみると、ICR-PS401RMは、テープ起こしや採譜などで、再生機能をガチに使い込んだときに、使いやすさと耐久性を発揮する、優れた機種だったと言える。
この機種に限らず、サンヨーのICレコーダーは、道具としての作り込みが半端ではなかった様子がある。
一方で、この機種には、電池の持続時間が短いという弱点があった。
PCM 44.1kHz 16bitのファイルに対する再生可能時間は、アルカリ乾電池1本で12時間、エネループ充電池で9時間とされている。
当時ライバルだったオリンパスの「V-75」も、単4形電池1本で動作する機種だが、アルカリ乾電池で22時間、ニッケル水素充電池で21時間再生可能とされているので、倍近い性能差があったわけだ。
サーチや数秒戻す機能が、オリンパス機よりもきびきびしている分、メモリアクセスなどの消費電力が大きかったのかもしれない。
その後、サンヨーは消滅してしまい、オリンパスのICレコーダーが生き残ったことを考えると、市場が求めたのは、電池が長持ちすることだったのかもしれない。
使い込めば、電池寿命が短くても、動作のレスポンスがよい分作業がはかどることは分かるのだけれども、市場はそこまで商品のよさを理解してくれなかったのだろうか。
そして現在では、何でも中途半端にこなせる「スマートフォン」が、ICレコーダの市場を奪ってしまっており、ICレコーダー自体の市場規模が縮小しつつあるという。スマホなんて、画面を見ないと操作できないから、集中して作業したいときはダメダメなんだけど。
サンヨーのICレコーダーはその後、ほぼ機能を引き継ぐ形でパナソニックからの後継機種として発売されているという。サンヨー当時の雰囲気を楽しむために、次回はパナソニックのでも買おうかと思っている。
ICR-PS401RMには、録音レベルを細かく調整する機能(マイク感度2段階×30段階のレベル)が搭載されていた。
メーカーによっては、マイク感度を2~3種類搭載するだけの機種もあった。ただし、声の大きさに従い、録音レベルが自動的に調整されるようになっていた。
「こまかく設定できるから、こだわって録音できる」ことを取るか、「選択肢を減らして簡単に使えるようにする」かは、設計の考え方の違いだろう。
買う前によく考えて選ぶか、性質の異なる機種を2台ほど買っておくと、趣味の録音をより楽しめると思う。
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製作・著作:杉原 俊雄(すぎはら としお)
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